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京都府「社会的ひきこもり・不登校を共に学ぶシンポジウム」の開催 お知らせ
社会的ひきこもりが社会問題化するなか、京都府の民間支援団体および行政が連携・協同し、社会的理解を啓発するとともに、相談支援に関する様々な情報を得る機会を提供するため、下記のとおりシンポジウムが開催されます。

主催 : 京都府青少年課(企画協力:京都府青少年の社会的ひきこもり支援ネットワーク連絡会議)
 
第1回(北部)
日時:平成20年1月26日(土) 午後1時~4時30分
場所:舞鶴市西駅交流センター(舞鶴市伊佐津 JR西舞鶴駅)ホール
内容;
 1時    開会あいさつ
       演劇上映「折り紙気分」 出演:不登校・ひきこもり経験者   
 1時30分 京都府における「ひきこもり支援」の取り組み紹介
  休憩
 2時    民間支援の取り組み 「フリースクール・寺子屋未来の会」
 2時20分 基調講演「ひきこもりはなぜ『治る』のか?」
          講師:斉藤環氏
 3時40分 民間支援の取り組み 「聖母の小さな学校」
 4時    民間支援団体等合同説明会(個別説明・資料提供など)
 4時30分 終了

第2回(南部)
日時:平成20年2月10日(日) 午後0時30分~4時30分
場所:分化パルク城陽(城陽市寺田・近鉄寺田駅徒歩約10分)
内容:
 12時30分 開会あいさつ
        京都府における「ひきこもり支援」の取り組み紹介
 12時50分 民間支援の取り組み 「夢街道国際交流子ども館」
        民間支援の取り組み 「ほっこりスペースあい」
        民間支援の取り組み 「フリースクール・寺子屋未来の会」
  休憩
 2時     基調講演「ひきこもりからの回復 親たちの10ステップ」  
          講師:中垣内正和氏
 4時     民間支援団体等合同説明会(個別説明・資料提供など)
 4時30分  終了

定員:各150名(要申込み・先着順。定員になり次第締め切り)
その他:入場無料

ラカン精神科学研究所も京都府青少年の社会的ひきこもり支援ネットワークに協力参加しており、民間支援団体の合同説明会に参加予定。
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by lacan_msl | 2007-12-30 21:52 | 地域の取り組み | Comments(0)
分析家の独り言 47 (言葉と信頼)
クライアントの中には、頭で思ったことを言語に置き換えて人に伝えるのが苦手な人がいる。
あるクライアントは、思うことはあるが、それが言葉に変換しにくく、言葉が出にくい。
そういう場合は分析家が、「例えばこういうことではないですか」と考えられる可能性のある答えなり、考えをいくつか用意して尋ねることになる。
ぴったりとまでいかなくても、近いところで大まかにつかみ、さらにつめていき、クライアントが言わんとするところを一緒に探し明らかにしていく。
大変根気のいる作業ではあるが、それによってクライアントをよりよく理解していく努力をする。
言葉を出しにくいその裏には、やはり丸々の受容がなかった養育史がある。
何かを言う前から、拒否されたとき自分が傷つかないような予防線を張った言い方を考えてから言う。
そこではきっと、すごく頭を働かせているはず。
しかもそれは非常に疲れるだろう。
ストレートに感情や言葉が出せないで、苦労している姿がうかがえる。
だからせめて、分析者には何の気遣いも、心配もなく思ったことがそのまま言えるようになってもらうこと。
分析場面でその練習をしてもらい、出すことはいいこと、心地よいことを体験してもらう。
それにはクライアントとの信頼関係が何より大事になる。
分析初期、この信頼関係を築くことに時間が費やされるといっても過言ではない。
心を許し、何でもいえる関係を作ること、それは本来子ども時代に親特に最初は母親と学習することである。
フロイトがいう口唇期における基本的信頼を学ぶこと。
それがないところからスタートするため、クライアントは分析対象者というよりは教育対象者であり、母に成り代わって育てていく過程が必要となる。
分析を重ねていくと、最初は「はい」と「いいえ」さえも聞こえないくらいの小さい声と、言葉しかでなかったのが、長文で答えてくれるようになり、それはまるで、子どもが言葉を覚えていく過程のようにも思える。
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by lacan_msl | 2007-12-30 10:34 | 分析家の独り言 | Comments(0)
分析家の独り言 46 (引越し)
本人が思っている以上に引越しは、心の負担になっていることがある。
めでたく嬉しいことである結婚でさえ、個人差はあるもののストレスとなる出来事となる。
引越しうつ病というのもあるくらいで、それは、それまでその土地で築いてきた友人関係、地域とのつながりそれら全て断ち切って新しい土地に行くため、対象喪失体験となる。
愛着を持ったものと離れることは慎重でなければならない。
親の仕事の都合で何度も転校を余儀なくされる子どもの心の負担は、大人が考えているより、いや本人が思っているより大きい。
木を植え替えるときでさえ、できるだけ根っことその周りの土を切り離さないで一緒に移し替えるのだから、人間であればなおさらであろう。
特に子どもであれば、親の配慮が必要。
断ち切ってきたものへの愛着をあきらめていくことと、新しい環境や人との関係を結んでいくことには、相当なエネルギーが要るだろう。
思春期に引越しを経験し、分析によってそのことを振り返ったとき、当時自分は平気と思っていたが、ストレスを感じていたのだろうと言う。
クライアントなりに親にサインを出していたが、それを読み取られず、言葉もかけられなかった。
いろいろなことが思い起こされる。
それを一緒にみて感じ(共感)、言葉にして吐き出す。
「あなたのその言葉は、このように私には感じられますがどうでしょう」というと、「ああ、多分そうだと思います」とか、「いえ、そういうことより、これこれこういうことだと思います」と言われたりする。
そのように会話しながら、クライアントの心の世界に入っていく。
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by lacan_msl | 2007-12-28 09:37 | 分析家の独り言 | Comments(0)
金谷氏今月のメッセージ 平成19年12月
2007年の世相を表す「今年の漢字」に「偽」が選ばれた。
人間が食べる食品を産地や賞味期限を改ざんしたり、
汗水たらして働いた賃金の中から支払った税金を私的に使う国会議員、
自分の将来の為に国に預けていた年金をわけの分からないようにしてしまった役人、
教育をして行かなければならない立場の教師が、女子の着替えを20年間に渡り盗撮していたり、
取り締まらなければいけない警察官が、飲酒運転をし隠蔽工作したりと何を信じて行けば良いのか?
それも社会に認められた立場にある人とか、昔ながらの老舗が偽装工作したりと、
シェークスピアの悲劇「ジュリアス・シーザー」の中でカエサルが暗殺される時、自分を殺しに来た一味の中に信頼していたブルータスを見つけて発した言葉「ブルータスお前もか!!」と
本当にそう叫びたくなる。誰も何も信じることが出来ない。
 フロイトは人間が生きて行くために必要なものは「信頼」「愛情」であるといった。
中でも信頼を「基本的信頼」と呼び、生まれて直ぐの母子関係の授乳の行動から形成していくものであると精神発達論で述べている。
求めていく母を信じ、与える母は子供を絶対裏切らない。
そんな簡単な行動でしっかりした信頼が作れるのに、今の母親は「与える」ことより「押し付ける」事しか出来ない。
充分な対応が出来ない為に信頼が身に付いていないように思う。
 人間はしてもらっていない事はして返すことは出来ない。学んだ事以外は出来ないようになっている。
中国の戦国時代の思想家・荀子(ジュンシ)は「人乃性悪 其善者偽也」=人の本性は元々悪で善の行為が出来るようになるには教育・修養により後天的なものによるのだと言う性悪説を唱えた。
精神分析では、人間元々は認識能力や表現力がない真白なものであり、神様から与えられ本来持っているものは「摂取」という「対象から摂り入れる」と言うこと事しか出来ないので、対象である母親が与え続けることにより、自然に摂り入れ身に付けて行くものであると規定する。
お釈迦様が提唱する因果の法則「善因善果」=善なる行為を続ければ善なる結果が得られる。
母親が快楽・満足を与えると言う行為行動から、子供に得られるものは自然に出来る善行である。

 子供の教育を学歴・資格に偏らず心を育てると言う事に気付いて欲しい。
「偽」と言う字は「人」と「為」に分かれる。
為はしわざ・ためにの意で、人を加える事で「人のしわざ」転じて「いつわり」と解する。
が、そうではなく悪なるものも人の為になる様に変える努力をしなさいと言っているように思う。

金谷精神療法研究所



インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉)
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by lacan_msl | 2007-12-26 18:59 | 金谷氏の今月のメッセージ | Comments(0)
分析家の独り言 45 (ひきこもり・主体性の奪還)
それなりに仕事もして社会のなかで生きていても、自分はひきこもりと同じと表現するクライアント。
人の前で緊張する。
何を話せばいいのかわからない。
人の目が気になり、自分がどう思われているか見られているかに腐心する。
自分に自信がない。
多くのクライアントに共通する訴えである。
怒られること、だめだめが多かった、ということもよく聞く。
養育史を聞くと、育って来る過程で親に受け入れられていない。
それどころか、「口ごたえをするな」と言われたり、失敗をせ責められたり、兄弟間で比べられたり・・・とマイナスを重ねてきた。
人が話をしたいと思えるのは、自分の言うことを、相手が聞いてくれるから。
それを、何か言えば、「間違っている」とか、「今忙しいから後にして」、「愚痴なら聞かない」、「それはわがままだ」などなど、否定的言語が返ってきたら、言うことを躊躇していまうのは当然。
次第に、言葉を発することが恐くなる。
言いたいことが言えず、無口にもなるだろう。
失敗を責められると、何か行動するにも、一歩が出にくい。
そうして積極性や能動性が身につかず、消極的に受身的に生きるようになる。
言葉を発し、行動を起こせば、非難され、否定されるなら、何もしないでおけば失敗することもないし、否定的なことを言われることもない。
人を避けたくなり、家に閉じこもり、ひきこもりになるしかないだろう。
実際にひきこもっている人も多いが、社会の中にいながら、気持ちとしてひきこもりを感じている人も結構いるのではないかと思う。
そういう意味で、「自分はひきこもりと同じ」と言ったクライアントは的確に自分を表現している。
生きにくさを感じ、疲れ果ててしまう。
自分の言いたいこと、やりたいことがストレートに出せず、その周辺のことにエネルギーを浪費しなければならないのだから。

そういう自分を語りながら、時に涙し、悲しみや怒りや虚しさ、悔しさなど感情とともに放出する。
それを受け取るのがインテグレーター(分析家)の仕事。
分析場面はトイレと化し、インテグレーターはそういった死者の声を聞く人。
そこからクライアントは生き返っていく、奪われた主体性を取り戻して。
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by lacan_msl | 2007-12-23 22:47 | 分析家の独り言 | Comments(0)
分析家の独り言 44 (追い続ける力)
振り返るとここまで来るには、長い道のりだった。
長い間、抑うつ状態のなかにいたこともあった。
抑うつを抜けたときに、そこにいたことがわかった。
もう何年も前、ご飯を作ることが辛くて、それでも子どもたちにはしっかり食べさせなければと思っていた。
夕飯を作るのに、2時間近くかかり、立っていられずいすに座りながら作ったこともあった。
一番母親になってはいけない人間が、母親になってしまったんだなと思った。
分析しても分析しても、子どもにALL OK ができなくて、自己嫌悪の毎日。
頭でわかっていることが、実際にできなくて泣きたくなる。
相変わらず不安が漂い、どこか違和感を感じつつ、楽しめきれない自分がいる。
それでもなりたい自分をあきらめずに進んでこれらたの幸いだった。
自我理想を追い続けられた。
小さいころ、仕事に出かけた母を思い泣いた日々。
母にくっつきたくて、甘えたくてまとわりつきにいっても、忙しい母に受け入れらず・・・
それでも母にくっつきたかった。
そのねばりが、拒否されても拒否されても母を追い求めた力が、自我理想を追い続ける力へと転移した。
あきらめてはいけない。
どんなにしんどくても辛くても、未来に明るい光を希望をえがき続けらるかどうか。
仕事に助けられることもある。
クライアントに教えられることも。
生きてきてよかった。
まだ知らないことがたくさんあって、それをこの命が尽きるときまで追い続け、いけるところまでいきたいと思う。
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by lacan_msl | 2007-12-21 22:47 | 分析家の独り言 | Comments(0)
長崎県佐世保市、散弾銃乱射事件
分析とは、死んでいる人を生き返らせること。
分析によって、死んでいたその時代にさかのぼり、共感して生き返らせる。
そして人は再生する。
再生=ルネサンス。
佐世保の散弾銃乱射事件のあったスポーツクラブの名前である。
馬込政義容疑者は人を殺すことによって蘇り、再生したかった。
彼は主体を、自分の欲望を抹殺し続けられた人だった。
だから欲望を持って生きている人間を抹殺した。
生殺上の鍵を握るのは神である。その神に彼はなった。
そして神としてこの世に蘇った。
というラカン理論でいう再生の道をとった。
人間とは主体を抹殺して新しい自分が生まれる。
彼は親に歯向かえば生きられなくて、いつも親の言うとおり自分の欲望を抹殺して服従して生きてきた。
だから散弾銃乱し人を殺すという形で歯向かって自分の主体を再生した。
しかしまた彼を裁く法がある。それによって彼は裁かれる。
ならばと、自分で自分の死刑執行人となった。
だから、彼が再生の場として選んだのは、スポーツクラブ「ルネサンス」。
この名前に意味があった。
このようないたましい事件を防ぐ方法を世間や一般の人は知らない。
分析によって言語化する。
つまり、いかに自分が自分の主体性を抹殺されて生きてきたかを語ること。
銃を乱射するのではなく、一番安全な言語によって放出する。
そうすれば、犯罪(行動化)も病気(身体化)もなくなる。
精神分析という道を、理論を知ろうとしないし、親も学校も社会も教えない。
ただ無知なのである。
それゆえに人は安易な行動化、身体化に走るしかないのだ。
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by lacan_msl | 2007-12-20 15:50 | 事件分析 | Comments(0)
第4号(07.10.20)京都良店的心のサプリバックナンバー
次の質問に当てはまるものすべてに○を付けてください。一般的な質問として捉えてください。
A  1、 時間を忘れておしゃべりを楽しむことがある。      
   2、 言いたいことは我慢するより言う方だ
   3、 初めての人とでもすぐ仲良くなる
   4、 長電話が好き
   5、 友だちは多い方である
B  6、 待たされるとイライラする               
   7、 じっとしているより、何かしている方が好き
   8、 信号が赤でも車がなければ行く
   9、 どちらかというと怒りっぽい
   10、 気分が変りやすい
C  11、 人前に出るのが好きな方である             
   12、 自分は行動的な方だと思う
   13、 お化粧は濃い方である
   14、 アクセサリーが好き
   15、 芸能界など華やかなものにあこがれる
D  16 、部屋は片付いている                  
   17、 約束は守る
   18、 時間には正確な方だ
   19、 自分は真面目な方だと思う
   20、 前もって計画を立てる
E  21、 自分が話すより、聞くほうが多い            
   22、 休みの日は家に居ることが多い
   23、 自分から電話をかけるより、かかってくる方が好き
   24、 好きな人ができても自分から告白することはまずない
   25、 苦手なタイプの人は避けたい
A.1~5、B.6~10、C.11~15、D.16~20、E.21~25をグループとして,当てはまる項目が多かったのはA~Eどのグループでしたか。
<判定結果>
A・・・おしゃべり好きで社交的なあなたと相性のいい男性は、寡黙で貴女の話をじっくり聞いてくれる人
B・・・せっかちであきっぽい貴女と相性のいい男性は、気長で一つのことにじっくり取り組むタイプの人
C・・・華やかで目立つことが好きな貴女と相性のいい男性は、控えめで堅実な人
D・・・几帳面で決まりを守る貴女と相性のいい男性は、おおらかで小さいことを余り気にしない人
E・・・おとなしく控えめな貴女と相性のいい男性は、積極的であなたをぐいぐい引っ張っていってくれる人
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by lacan_msl | 2007-12-20 08:44 | 京都良店心理テスト | Comments(0)
第4号(07.10.20)京都良店的心のサプリ解説
(株)ラボックスさん発行『京都良店』の〈京都良店的心のサプリメント〉10月号の詳しい解説をします。
今回は、大きくタイプを5つに分け、あなたと相性の合う男性を、5人の男性のタイプに分けてみてみました。設問には、あまり深く考えず、直感で選んでください。

簡単にいうと、Aタイプの人はおしゃべり、Bは短気、Cは目立つ・派手、Dは几帳面、Eは受身的な人です。各々相性が合うのは、反対のタイプの男性となります。例えば、おしゃべり好きな人には、反対の寡黙でじっくり話を聞いてくれる人となるわけです。おしゃべり好き同士では、互いがしゃべるので、ぶつかってしまします。反対にもしあなたが話しを聞くタイプなら、おしゃべり好きな彼との相性がいいということになります。
甘えたい人と、甘えさせたい人の組み合わせはピッタリなことからもわかると思います。
ただし、健康な状態とういうのは、この二人の関係・役割が固定化しないことです。例えば、甘える人のことを退行的立場といい、甘えさせたい人のことを発展的立場といいます。楽なのは退行的立場の人。いくら甘えられるのが好きといっても、いつもいつもとなれば、疲れることも大変なこともあり容易ではない。
また、おしゃべりな人はいつもしゃべっているので、聞くという能力が劣等機能となり、聞く側の人は、聞くばかりなので、しゃべる能力が劣等機能となります。ならば、二人の役割を時には自由に入れ替えられることです。そうすれば、互いが劣等機能となっている面を学習し、発展していけます。そういう二人の関係をつくれれば、互いが刺激しあい、マンネリ化せず、ともに成長していけるでしょう。
分析的視点でさらに語ると、二者関係の間では、共謀ということが無意識に行われます。それは互いの無意識を相手に演じさせるというものです。
先ほどの、甘える人と甘えさせる人の組み合わせでいえば、甘えさせたい人の無意識には、甘えたいがあります。それを相手に転付して、自分が甘えたいと思うように、相手を甘えさせ満足します。逆に甘える人は、無意識下には発展的立場に立って甘えさせたいがありますが、それをすると大変なので、相手にそれを転付して、自分は甘える立場に甘んじている。この立場が固定化しているために、例えば甘える立場の人が、少しでも甘えなくなったり、発展的立場に立とうとすると、二人の関係のバランスが崩れるため、甘えさせたい人は、怒り出すなどして、喧嘩や争いとなるでしょう。どちらかが変わりたいと思っても、それが許されないため窮屈さを感じ、成長を阻まれると感じるかもしれません。
もし彼との関係がギクシャクしだしたら、知らぬ間に共謀し、自分の無意識を演じさせようと
したり、されたりしていないか、冷静に客観的にみることです。どちらかが変化を好まない傾向が見えたら危険なサインといえるでしょう。
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by lacan_msl | 2007-12-20 08:43 | 京都良店心理テスト | Comments(0)
分析家の独り言 43 (母の愛)
お友達が男の子と女の子の双子を出産し、赤ちゃんの顔を見せてもらいに行った。
2時間ほどおじゃましていた間、ほとんど静かに寝ていた。
帰りがけに赤ちゃんを抱っこさせてもらった。
なんともいえない赤ちゃんのかわいらしさ。
わが子のことを思い出す、と同時に私にもこんなときがあったはず・・・と。
一日の大半を寝ているように見えても、赤ちゃんは大人のような睡眠ではなく、感覚器官を完全には遮断できず学習している。
自我も形成されていく。
何もわからないだろうなどと思っていたらとんでもない。
寝ているからといって、放っておいてはいけない。
同じ空間にいて、声をかける、まなざしを向ける。抱っこする。
初めは赤ちゃんの微笑みも、私たちが思うような笑いではなく、入ってくる刺激を自分の中で処理しきれず、顔の筋肉の痙攣となる。
それが我々には微笑みに見えるだけ。
赤ちゃんにユーモアや愛想笑いが理解されているはずはない。
最初は微笑ではない赤ちゃんの笑顔を、世話する母親が、自分の育児に対する報酬であると錯覚できることが大切である。
母が子どもに愛着を感じそれを世話することで伝えるから、それに応えるように子どもは母に愛着する。
この子どもからの愛着をひきだすような、母の愛着がなければ、子どもはそれを学習できない。
わが子を愛おしいと思い、抱き続ける母の愛。
それがあれば、人は幸福に生きられる。
それが欠けるため、それを補おうと人は後に苦しむ。
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by lacan_msl | 2007-12-19 08:56 | 分析家の独り言 | Comments(0)