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金谷氏今月のメッセージ (平成21年4月)
(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

〔テーマ「不登校と育てなおし」〕

 新学期が始まった。
私のクライアントの子供さんは、登校拒否ぎみで母親と共に登校している。しかし、母親にベッタリしているわけではない。
学校に行けば普通に行動している。ただ、一方的に押し付けられるとあまり進んではやらない。
でも、自分が気に入った事であるならば、一生懸命やる。
それが教師にすれば、わがままに見える。時には強引にやらせようとして泣かせてしまう。
その上、先生は母親に「これでいいのですか?私は子供さんの将来のことを考えると心配です。」と言う。
教育とは、一方的に押し付けるものであろうか?個性はどうして育てていこうとしているのか?
我々には分からない。本当に学校に大切な子供を預けて良いのか?とさえ思う。
 学校は集団生活を学ばなければいけない。学校はその訓練の場と大義名分をかかげ、その実態は皆で同じ事を同じ様に出来る事を目的としてやらせる。
やりたくないとか、出来ないとか言う個人の能力や思いは完全無視。
同じ様に出来なかったり、皆より遅くて遅れるような子は、あたかも障害者の様な扱いをされる。
先生にそれを差別じゃないのかと指摘すると「私は、全員が同じ様に出来るような指導をしているのです。」と。
其れは自分が、「すばらしい先生ですね。」と良い評価を得たいが為にやってるように思える。

 私達は、不登校児の為には母親と共に登校させるという方法をとっている。
事実この方法を行ってみて、よく分かった事は、明らかに障害者と分かる子供は別として、個々に能力もありながら、少しついていけない・性格が内気で消極的な子供を、良い方向に引き上げていく教育方法を学校は持っていないという事実である。
文科省が作ったカリキュラムに基づき、施行しているが、ほとんど現場の教師の主観で対応しているように思う。
だから、自らの私見を語ってしまうのである。
 当研究所では、不登校になれば「学校に行かない」という行動で何かを訴えているのだと受け取る。
ただ単に、学校に行けるようにするだけの目的だけでは行動しない。
学校に行けなくなった原因を、母子関係・家庭環境・親〔祖父母も含め〕のキャラクターなどを分析し、それらが何らかの影響を与えてないか?
学校に行けない。すなわち社会に出て行く事が困難であると言う視点でとらえ、その子の一生の問題と考えてそこに修正をかけるようにしていく。
単なる「行きたくない。」等と言うわがままな理由ではない。本人も分からないのである。
説明のしようがない難しいことなのである。
外部から見ると、意気地が無い・情け無い・怠け者のように見える。
周囲や教師達は、多分この様に見えてる。
だから、本人が「行く」と言うまで待ってほしいと親がお願いしても、熱血先生は朝早く突然迎えに来たりする。
そのことは先生として良い教師と思われるかもしれませんが、子供側にとって・・・親が頼んで来させたのだと思い、先生も親も信用しなくなるという事などは先生側は気付きもしない。
そして子供は、ますます引きこもってしまうという最悪の事態になってしまう。
又、教師は「君はやれば出来るのだ!」等と叱咤激励をしたつもりだろうが、子供はこう思ってしまう。「やれば出来るのに、出来ないのは、ダメな人間なんだ。」と無力感を感じて、落ち込み、何もしなくなる。
唯一自信のあるゲーム、なら出来る体験を持っているから、ゲームのみに打ち込む。
私達はいつも教師に言う。「何かしてくれとはお願いしない。お願いだからじゃまだけはしないでほしい!こちらが何をしているのか説明は都度しますから。」と。
こう言っても、一ヶ月と待たずよけいな親切をしてくれる。
本当の親切は、無理やり学校に来させようとはしないでその子のペースに合わせて、ゆっくり集団の中に入っていけるように見守り支援していく事でしょう。
何故?子供のペースに合わさなければならないのか?
不登校になってしまうのは、
まず主体性を奪われているから。
自主性を育ててもらっていないから。
そしてこれが上手く使えないから
「自我」アイデンティティーが脆弱になり、自ら動くという初歩の行動が出来なくなっているのである。
 朝起きて学校に行くという簡単な事が出来ない。これには「育てなおし」しか方法はない。
そしてそれを母親と共にやっていく事が一番なのである。しかし、これには問題がある。
ずっと母親がそばにいて行動するため、他人は甘えてる・たよりない子供・どう見ても自立させている様には見えない。
母親は信じて行動しているが、どうしても学校や周りの人たちはこの行動だけをみておかしいとか言ってくる。
子供は、どんどん元気になって行くが、積極的に学校へ行く方向にはならない。逆に「行かない」と決めても母親はそれに従ってくれるから堂々と休む。そこで母親はもっと辛い立場に立つ。
積極的には学校に行ってくれない子供を先生は障害者のように扱う。周りは共感してくれない。
孤立無援の状態でやっていかなくてはならない。
でもなんとか学校に行って欲しいという願いから頑張るのだが、周りの目に負けてしまう事もある。
 この方法は,見た目は悪いように見えるが、実は自分の思ったとおり出来て、自分の要求が自由に出せて、自由な行動が出来ることにより、主体性・自主性・自我が育って行き、いつか学校に行くと言う力も出てくると言うことなのです。
人間は、好きな事ならどんなに難しい事でもやっていく、嫌な事はどんな小さな事でもやりたくない。やる気を育てるには、どちらをすれば良いかおのずと分かる。
 文科省は、学校の授業時間を増やしたが、ますます学校が嫌になる。時間を増やすのではなく、何故授業内容を興味引く面白い内容にしようとは思わないのか。
それは、上に立ってる人達が受験地獄を味わってきて、それが当たり前だとマヒしてしまってるから。時間を増すことぐらい平気なのであろう。この付けが悪く回ってこない事を祈るだけである。

所長  真理攫取

金谷精神療法研究所

ラカン精神科学研究所 のホームページもご覧ください
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by lacan_msl | 2009-04-30 01:31 | 金谷氏の今月のメッセージ | Comments(0)
分析家の独り言 209 (オールOKの末にみえたもの)
荒れる息子にオールOKをし対応したあるクライアントの話。

その息子が最近家を建て、その引越しの最中に母であるクライアントに電話をかけてきた。

息子は、「変なこと聞くけど、おまえ(=クライアントのこと)何か怒ってることない?」と言った。

クライアントは「ない」と答えたが、息子は「いや、あるわ」と言う。

クライアントはそう言われ、一生懸命考えた。

あるといえば、家の電話やパソコンを置いている棚を買って、物を整理し納めたいとここずっと思っていたこと。

サイズを測り、これならいいと思う棚を通販で見つけ、夫に話したが反応がない。

今までなら夫にやいやい言って、なんらかの行動を起こしていたが、反応しない、動かない夫がどう動くのかみようと思った。

しかし、いっこうに夫は動く気配がなく、そのことにイライラはしていた。

このことを息子に話すと、「思うようにしたらええ」「そのことなら、知り合いの大工さんにもう話してあるし、おまえが気に入るようなのを作ってもらったらいいわ」と息子は言った。

クライアントは「そうか」と言って電話を切って、なんでまた息子は一番忙しいはずの引越しの最中に、私が怒っていることがないかなどと聞いてきたのだろうと思った。

いつもなら家の仕事を夫と一緒にしているので、1日に2~3度は家に寄り、顔をあわせていた息子。

ここしばらくは、息子は自分の家にかかりきりで、顔をみることもなかった。

その息子がいきなり、「変なこと聞くけど、おまえ何か怒ってることない?」と聞いてきた。

しかも棚を巡って夫とは話をしたが、息子にその事に付いて詳しく話したことはない。

クライアントは、自分のイライラや腹立ちを息子はわかっていたのか、見透かされていると思った。

そのとき、まるで息子がまだ自分のお腹の中にいるような感覚になった。

人の意識とはすごいもの、親子とはこうも以心伝心するものなのかと思ったと言う。

息子が非行で荒れ狂い、仕方なしに始めたオールOK。

次々と問題を起こす息子のことがわかない、理解できない。

その息子を理解したいと思うようになって、以前は話をしても、言って通じなった息子が、言わなくても母親のことがわかる息子になった。

子どもが親に反抗したり、荒れたりするのは、自分のことを理解してくれないことへの怒りの表現。

その子どもの裏には、自分を理解してほしい、受け入れてほしいがある。

それをわかろうとし、受け取り続けたとき、今度は子どもが親を受け取り始めるのかと思った。

親と子は、互いを写しあう鏡のよう。

親が「あんた、何考えてんの!」と子どもを非難すれば、子どもからは「ボケ、死ね」と返ってくる。

反対に親が「あんたは何が気に入らんの?何がしたいの?」と語りかければ、子どもから「おまえ何か怒ってることない?」と思いやりの言葉が返ってきた。

息子を見ていて、子どもが独立し家を出て行っても、人は永遠に自分を理解されたいと願うものなのだと思う。

その想いに応え、利害を持ち込まず、子どもをしっかり受け止められるのは母であり、その役割の大きさに驚く。

それがしっかりできたときから、子どもは母親に意識を向けるのか(気になるとは=そこに意識がいくこと)。

母親に受け取り続けられると子どもは成長していき、母親を理解しようとする気持ちが芽生えてくるのか。

オールOKすると、母親は与え続けるだけ、子どもに取られるばかりで損をすると思うかもしれないが、与えきったときにはこういう事になるのかと思った。

クライアントとその母との間にはできなかった親子の関係が、クライアントとその息子との間ではできた。

人は自分が満たされないと、人の欠点ばかりをみる。

自分が満たされると、人への思いやりがでてくる。

これを分析者は、無条件に与えられた人間は、今度は人に与えられる人間になると言ってきた。

クライアントは、「息子が私を思いやるのは、私が亡くなってからだと思っていたが、生きている間に私に意識を飛ばし、私を思いやるようになるとは思っていなかった」

「息子にオールOKするうちに、訳のわからない宇宙人のような、一時は死んでほしいとまで思った息子を好きになっていった。これほど人好きになったことはなかった」と言う。

子育ての中で、親が子どもに惚れ込むこと。

私はこの語りに、ただただ感動した。


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by lacan_msl | 2009-04-25 03:26 | 分析家の独り言 | Comments(0)
分析家の独り言 208 (SMAP草なぎ剛 公然わいせつ容疑で逮捕)
アイドルグループ「SMAP」のメンバー、草なぎ剛容疑者(34)が23日、東京都港区赤坂の公園で全裸になったとして、公然わいせつの疑いで警視庁赤坂署に現行犯逮捕された。草なぎ容疑者は泥酔状態で、全裸で奇声を発していたため通報された。

YAHOO!ニュース 草なぎ容疑者 全裸で奇声!異例の家宅捜索も  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090424-00000045-spn-ent より抜粋

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世間一般には、真面目な好青年というイメージがあるだろう彼が、夜中酒に酔ったうえとはいえ、公園で全裸となり奇声を上げていたとはどういうことか。

人間いつも真面目だけではないはず。

不真面目な自分、エッチな自分、サボりたかったり、羽目をはずして騒ぎたい自分、いろいろな自分がいる。

それをまわりから「いい人」「真面目な人」と見られ、そういうレッテルを貼られると、それに合わせていかなければならなくなる。

あまりにいい人をやりすぎると、本当の自分がわからなくなる。

しかしどんなに不真面目な自分を抑圧しても、なくなったわけではなく、お酒を飲み酩酊状態となれば箍(たが)が外れ出て来る。

何か事件がおきたとき、いつもは真面目ないい人がまさかこんな事件をおこすとは思っていなかったというのはよくあること。

それが今回の事件のような形(全裸で公園で騒ぐ)で現象化してしまったのだろう。

真面目な人ほど危ない。(ついでに言うが、良い子も危ない)

それはいい人を演じ、不真面目な部分を抑圧しているからである。

普段から、精神の構造として適度に攻撃性や不満・鬱憤を出す水路を持っておくことが大事。

それが草なぎ容疑者にとっては、お酒を飲むことだったのかもしれないが、それがまた仇になったということか。

普段からお酒が好きで、よく飲む方だったと聞いた。

お酒は母のおっぱいの置き換えであり、裸でいるのは=赤ちゃん ⇒ 彼は1.5歳未満の赤ちゃんということになる。

フロイトのいう口唇期欠損者である。

酩酊状態になるまで飲んだとは、酩酊状態とは自分も他者もなく融合した状態になりたいということであり、この状態は胎児が母のお腹の中にいるのと同じ。

すると、彼は赤ちゃんどころか胎児であるといえる。

母のお腹の中にいた胎児の時代から何らかの欠損があったと考えられる。

例えば、母親が彼を妊娠中に何か大きな不安・心配・悩みを抱えていたとしたら、母体は胎児を思いやることが出来ず、それだけで胎児は傷付く。

胎教が大事というのは、こういうことがあるからである。

どういう気持ちで母体が十月十日(とつきとおか)をすごしたか。

母体がお腹の子どもをいたわり、気づかい、安定した気持ちで過ごすことが胎児の幸せにつながる。

これらは無意識のレベルの話であるから、一般の人には理解しがたいかもしれない。

しかし、臨床場面ではこういうことに出会う。

自分の無意識を知ってしっかり意識化しておかないと、またバリエーションをかえて同じようなことを繰り返す可能性は大きい。

覚せい剤で逮捕された人が、こりたずなのに何度も繰り返すことをみてもわかるだろう。

無意識は止めようがないし、コントロールの仕様がないのである。


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by lacan_msl | 2009-04-24 09:38 | 分析家の独り言 | Comments(0)
京都分析理論講座日程のお知らせ(平成21年5月)
平成21年5月は下記の日程で分析理論講座をひらきます。

日時 : 5月11日(月) 10:00-12:00
場所 : JR京都駅周辺
費用 : 3,000円 (テキスト別途 1冊1,000円)
 
講座内容 : 『心の発達』-学童期と青年期の心の発達- 人間の八つの発達段階 の途中と、-口唇期の心の発達- 口唇期とは
 「フロイトは、出生から離乳の頃までの0歳~1.5歳くらいまでの乳児は、口と唇の刺激により快感を得ており・・・この時期を口唇期と呼んだ。・・・」(テキストから一部抜粋)
 
講座内容途中から一人でも参加いただけます。

独自のテキストをもとに症例などを入れながら、精神分析の理論をわかりやすく解説します。

子育てする上で、また人間を理解するために役立つ理論です。

子育て中の方、結婚前の方、男女を問わず知っておいて欲しいことがたくさんあります。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。

子育て(日常の接し方・不登校・ひきこもり・非行など)の悩み、疑問等ご相談ください。

交通費負担で、出張セラピー・各理論講座・子育て相談室(子育てに関するQ&A)をしています。

開催場所:ラカン精神科学研究所(駐車場あり、滋賀県大津市唐崎、JR京都駅から20分)。

依頼があればクライアントの御自宅や最寄の駅周辺の施設(ホテルのロビー、ファミレス)等へ出張が可能です(交通費別途)。


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by lacan_msl | 2009-04-23 10:45 | 教室・講座のお知らせ | Comments(0)
分析家の独り言 207 (4月分析理論講座より)
昨日京都駅周辺で、分析理論講座を開いた。

分析の理論に興味がある方。

自身が分析を受けて、理論も学びたいという方。

子どもが分析を受け、その親御さんが理論を知りたいと来られる方など、様々ある。

テキストに沿いながら解説していくが、、症例や経験談を織り交ぜていくうち脱線することもしばしば。

受講者の方々も質問したり、自分のことを話しながら進めていく。

個人の分析とはまた違い、例えばオールOKを理論的に理解してもらえるいい機会でもある。

いろんな理論を話す中で、発達論から、心の構造的にといろんな角度からオールOKの必要性を説明できる。

人間の精神はどのような過程で、どの様に発達するのかを初め、無意識やライフサイクル、家族、心と体の関係、性格・人格に関すること等々。

伝えたいこと、知っておいてほしいことがたくさんある。

知っていれば、もう少し工夫できたり、適切に対応できることもあるのではないか。

自分を振り返り、自分や他者を理解するのに役立つこともたくさんある。

こんなことは今まで生きてくるうちに誰からも聞かなかった、教えてもらわなかった。

もっと早くに知っておきたかったというのが、私や多くのクライアントの感じることである。

折にふれ、ここブログなどでも理論的な解説を今後掲載していく予定である。

ただ文章として書いたものと、講座等でしゃべるものは相手が不特定多数であるか顔の見える人か、一方的に書くのか質疑応答してより深い理解に至れるかなどの違いがある。

理論など必要ないという人に無やり聞かせようなどとは思わないが、何かを求め探している人がいるなら、分析やその理論に出会ってほしいと思う。

講座や教室をしてそれに興味がある、おもしろいという声が聞かれると、なおやりがいを感じる。
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by lacan_msl | 2009-04-21 16:17 | 分析家の独り言 | Comments(0)
分析家の独り言 206 (子どもの非行に悩んだクライアントからのメッセージ)
以下の文章は、息子の非行にオールOKで対応したクライアントAさんに書いてもらったものです。

もっと詳しく聞きたい事や質問等があれば、Aさんが答えますということなので、ラカン精神科学研究所 宣照宛てにメールを送信ください。

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

なお、件名に 「Aさんへの質問」 と入れてください。

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私の子ども(男子)が、非行という状態から抜け出せて5~6年になるでしょうか。

現在26歳、二人の子どもを持ち家庭を築き、仕事に励む日々を送っています。

14歳から突然非行に走りはじめて6~7年間、私はどのように日々を送ってきたのかあまり記憶が定かではありません。

今思い出すと、よく自分が耐えて生きてこられたなぁと思います。

子どもが中学生の頃は、まだどこかで反抗期思春期という思いがあり、知人からは「いつまでもつづかへんて、いづれ高校へ行くことを考えはじめるし」等という言葉に、「そうかもしれん」と思って自分を慰めていたりしていました。

今思うと親である私が変わらずに時間だけ過ぎても、子どもは変化する筈がない事をよく知っています。

次から次に問題をおこし「俺が高校行ったら、先生困りよる」と自分で言う始末。

言葉通り高校へは行かず、年と共に非行はエスカレートし、私は追い詰められました。

子どもが18歳になる頃、ラカン精神科学研究所の宣照氏と出会い、オールOKの子育て法を知りました。

しかし私は、殆ど聞く耳をもっていませんでした。

今まで警察や家庭裁判所、保護士、学校の先生などさまざまな人から色々話をきき、私なりに出来ること気付く事は子どもの非行を止めたい一心でやってきましたが、どれも何の成果も無かったからです。

でもこのままでは、何れ親子共倒れの日は目の前に迫っている藁をも掴む思いで、オールOKを始めたのです。

しかし私が、思い描いていたオールOKとは、かなり違っていました。

それは子どもを甘やかすのではなく、自分が親である事の意味の確認の連続でした。

今までに自分が良いと思い常識と思っていたことが、子どもにとってはどうだったのか。

私は、私が思い込んだように対応してきただけだった事に気付きました。

子どもを育てるという事は、親が自分自身を知らなければ、良い子どもとの関係を築く事が出来ないと考えるようになりました。

3~4年がかりで私自身を宣照氏に受け止めてもらいながら、子どもとの向き合い方を教えてもらい、子どもの事が少しずつ理解できるようになりました。

「うるさい」「ぼけ!」「死ね」「金」という言葉しか言葉を知らないような子どもとの数年を越え、私は自分こそが子どもに育てられたように思っています。

今、子どもの非行で悩んでおられる方の苦しみや悲しみ絶望を、私も少しは受け止められる様になったと思っています。

私の経験から子どもの非行の原因を外に(学校、先生、友達)求めている間は、解決は程遠いと思います。

自分が産み育てた子どもが何を考えているのかわからない・・・・・。

でも、その様に育てたのは私なのだと思った時から、何故こんな親子になってしまったのか答が欲しいと願うようになりました。

その答こそがオールOKの中にありました。

私は今、人を自分をより理解する為に宣照氏のもとで学んでいます。

いつかだれかの苦しみを共有できる人になる為に。

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治療者側である私が、Aさんと関わりながら教えられることがたくさんありました。

Aさんが過去の自分と同じように子どもの非行で悩んでおられる方々のために、自分の経験したことが何か役に立てばと、今回私のブログに文章を寄せてくれました。

どうぞ、質問等お寄せください。

息子さんとまたAさん自身との壮絶な戦いの末に、幸福を感じられる今にたどり着かれたAさんをそばで見られたことが、私の財産の一つです。

                      ラカン精神科学研究所  宣照 真理


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by lacan_msl | 2009-04-18 08:51 | 分析家の独り言 | Comments(0)
京都 子育て相談室(旧 母親教室)日程のお知らせ(平成21年4月)
日 時 : 4月7日(木) 10:30-12:30

場 所 : 京都府京都市 JR京都駅周辺  

参加費 : 1,000円(1回:2時間 完全予約制)

子どもさんの年齢に関係なく、子育てに関しQ&A方式で相談会を開催しています。

日常の些細な事から、不登校、ひきこもり、非行、神経症など何らかの悩み、問題に答えます。

興味関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。


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by lacan_msl | 2009-04-16 10:29 | 教室・講座のお知らせ | Comments(0)
分析家の独り言 205 (4月京都子育て相談室より)
昨日の子育て相談室は、子どもの年齢が20歳代から小学生低学年までの開きはあるものの、子育ての基本はかわらないため、他の人の話を聞いて気づく事があったと言うクライアントの声があった。

子どもが表す問題も、非行や不登校・ひきこもりなどいわば正反対であるが、根本は同じである。

また、宣照真理のセラピー日記 分析家の独り言 205 (子どもの気持ちをくむ)http://lacan-msl.com/diary2/2009/03/_205.htmを読んで、これでいこうと、子どもに対応したという。

子どもにえらそうに言われたり、お金を要求されたり・・・で対応する母親も内心は心穏やかではいられないことが特に初期は多い。

それで口から飛び出しそうになる子どもを否定したり、子どもへの文句の言葉をこらえて、まさに修行のよう日々。

言葉を呑み込んでも、今度は顔が態度が言葉と同じように「嫌だ」「ダメだ」と表現してしまう。

それをまた子どもは、敏感に読み取る。

それでも実践していくうち、子どもへの怒りや不満の気持ちが、しまったまたやってしまったと反省の気持ちに変わっていく。

オールOKを実践していくお母さん方に、この変化が見られる。

と同時に、子どもの言動が少しずつ柔らかくなって、言葉のなかに「ごめんな」などが入ってくる。

ここまでやってくれるお母さんが少ないのも現実。

我が師は言う、「オールOKの話を聞けるのは百人に一人」と。

世間一般にオールOKを言っても、その奥の理論的裏付けまでは詳しく語りきれないために、オールOKの言葉だけが一人歩きし、否定されたり非難される。

だから「だまされたと思って、三年黙ってオールOKしてください」と言うしかない。

「オールOKしない人からは、そんなわがままにしてどうするなどと散々文句を言われるが、三年やってなんて事を指導したんだ、子どもがとんでもないことになったなどのクレームをつけた人いません」と言う。

それは、私自身も自分の娘たちで実証したし、分析家仲間の症例からも、言えることだからだ。

最近も『オールOK!子育て法』のサイトを見たと言われ、連絡をいただく方々がいる。

クライアントたちがHPやブログを読んで、参考にしてくれていることもあるようで、これからも、いろんなかたちで情報を発信していく所存である。

近じか、『非行』についてのサイトをつくる予定である。


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by lacan_msl | 2009-04-14 14:36 | 分析家の独り言 | Comments(0)
分析家の独言 204 (今を生きる:その3)
フロイトが「否定」と題する論文のなかで、

「・・・分析を受けている患者が、『そんなことを考えたことはありません』とか、『そういうことは考えたことがありません』というような言い回しで分析に反応を示すときほど、無意識的なものの見事な発見を証明するものはない」といっている。

「考えた事もない」とは、考える対象としてクライアントはそれ知っていたのではないか、あえてそのことを不問にしていたということ、考えないようにしていたということである。

その事を考えないということで、否定してきた。

クライアントは考えようとしない。

それは現実直視、直面を避けているからである。

考えなければ未来がどうなるか予想しなくていいし、不安にならなくていい。

未来の展望の不安を防衛するためには考えないことなのだ。

考えなければ過去の悔やみも発生しない。

あのときああすればよかった、こうすればよかったという過去の悔やみからも、未来の不安のどちらからも逃れ、安全なところにいるには考えない事。

この防衛が唯一の事となる。

考えない事でえられたのは、安全と安心。

ところがうしなうものがある、それが今。

考える、思考するとは今する事。

考えない人たちには今という時間がない。

だから生きている実感がなくなる。

あるのは過去と未来。

時勢を区切る今がなければ、過去も未来も同じ。

未来と過去の区別がなければ未来も過去になる。

過去にあるのは、絶対に書き換えられないという事実。

それを未来に持ってくれば、未来も書き換えられない、すなわち、未来はもうすでに決まっているということになる。

すると何かをやる意味がない、判断する意味もない。

「未来は決まっていない、自分で好きなように描く」、といえる人は、過去・今・未来の三つの時勢の区切りがあり、時間機能が正常に働いているからるからそう言える。

今を抜いてしまえば過去も未来も一つ。

過去はすでに決まっている事、ということは未来も同じ性質を帯びる。

決まっている未来に対して何か意欲が出るだろうか。

未来を書き直しできないとなれば、その人にとって生きる意味はない、つまらないものとなる。

過去と未来が折り重なっている、だから「考えたこともない」=考えないようにしている。

その事については考えたこともないと、しっかり封印し、しまわれてある。

だから分析は無意識の再認である。再び見いだすこと、認めること。

それと知っていなければ隠しようがない。

知っているから、それについて考えてこなかったのである。 

分析において、その封印された無意識に光を当て、意識化する。

すると当然、今という時間ができ、未来は決まったものではなく、希望や理想を持って取り組める意味のあるものとなる。

こうして人は今を生き事が出来る、生き返る事が出来る。


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by lacan_msl | 2009-04-11 11:41 | 分析家の独り言 | Comments(0)
分析家の独り事 203 (安心と安全そして信頼)
クライアントは皆、自分をありのまま受け入れ、理解してほしいと望んいる。

ところがある人は学歴が大事と言われ、勉強させられ、成績がよければ承認されたが、そうでなければ自己の存在を認められなかった。

親が叶えられなかった理想や夢を子どもに託し、子どもは自分の意思とは関係なく親の意思を継がされる。

またある人は、親の言う通りにすることを求められ、ただ反発するしかなかった。

多かれ少なかれ、親は自分の意に沿うように子どもを動かしたいと思う。

そうならないとただ親であるというだけで、威嚇し怒り子どもに言うことをきかせる。

子どもは自分を失っていく。

自分は何が好きで、何を欲し、どういう人間なのかわからなくなってしまう。

そうして育った子が親になったとき、また自分がされたと同じ事(=自己の存在を認められず、親の言うことをきかされる)を子どもにしてしまう。

それが下の代になるほどマイナスが重なり、いろんな形で問題がでてくる。

それが、不登校やひきこもり、非行、神経症等の心の病などである。

自分が嫌いという。

自分が自分を受け入れられなくなる。

どんな自分も自分として受け入れるには、生まれてから親に自分がどれだけありのままの自分を受け入れられたかが大事。

何かが出来るから・・・と条件をつけるのではなく。

安心と安全のなかで人は健康な精神を育てていける。

病んだ心も安心と安全な人との関わり、癒され快復していく。

それがオールOK!で子どもを育てることを推奨する所以でもある。

分析家はあるときにはそのクライアントの母親父親となり、支持し心を育てていく。

分析を通してクライアントとの信頼を築くことを重視する。


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by lacan_msl | 2009-04-09 09:56 | 分析家の独り言 | Comments(0)