分析家の独り言 248 (酒井法子覚せい剤取締法違反容疑で逮捕)
酒井法子容疑者は夫高相祐一容疑者の勧めで昨年の夏ごろ、一緒にあぶりをやったと供述しているという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
覚醒剤(かくせいざい)とは、狭義には覚せい剤取締法で規制されている薬物であり、規制対象としての覚醒剤は「覚せい剤」と記載される。
広義には脳内を刺激させる中枢神経刺激薬である。
中枢神経刺激薬は、脳神経系に作用して心身の働きを一時的に活性化する働きを持つ広義の向精神薬の一種で、ドーパミン作動性に作用するため、中毒症状は統合失調症に酷似しており、嗜癖・依存に誘発された精神病は、重篤になりやすい。

一般に、数度の使用によって強い嗜好性が生じ、習慣性の依存状態となりやすい。日本では他の麻薬と区別され、所持、製造、摂取が厳しく規制されている。  (ウィキぺディアより)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女にも覚せい剤を使用することがいい事か、悪いことかの判断は付くはず。

悪いこと、してはいけない事と知りながら、それを自分で止められず、やってしまうところにその人のコンプレックスがある。

リスクを背負ってまで覚せい剤を使用することで、彼女は得るものがあったということだ。

ネットの情報では、「初めてのシャブを静脈注射したときの快感。そりゃぁ日本中が中毒者だらけになるのが解る気がします」というのがあり、相当心地良いことなのだろう。

本来なら、心地良さは覚せい剤などの薬を頼らずに自分の努力で得るものだが、リスクを背負っても手軽にしかも即得たい。

そこに達成感だとか、自負心、自己への尊厳というものが伴うとは思えない。

それどころか、マイナス面が多く、現実にはありえないような妄想を抱くようになり、人や自分を傷つけることもあるという。

身体も精神も壊れていくことを覚悟で使うのか、そこまで考えず短絡的に手を出してしまうのか。

違う方向から言えば、それくらい日常の中に楽しみや、心地良さを見出し感じられないという事ではないか。

彼女もそうだったのか。

社会的にはそれなりに成功し経済的にも恵まれ、結婚し子どもを産み、幸せそうに見えていたが、彼女の心の中は満たされない何かがあったのではないか。

薬に「頼る」=依存、だから薬物依存といわれる。

依存は口唇期(生後0~1.5歳)の欠損による。

赤ちゃんは、母に抱かれ安心と安全の中で守られていることが心地良いことである。

しかし、3歳で両親が離婚となると、それまでの両親の夫婦仲や養育状況は良好で合った可能性は低い。

そうすると赤ちゃん以前の母の胎内に帰りたい(胎内回帰願望)と人は願う。

それは母と自分が全く未分化で母と一体で居られた時代である。

アルコールによる酩酊状態も、自分がわからなくなるくらい世界(母)と一体化することである。

こうして薬物依存、アルコール依存になっていく。

それら心の欠損から始まる。

人はお金や物、地位・名声があっても、心が満たされなければ本当の幸せを感じることはできない。

心を育てることを真に問い直し考えることが大事である。

依存症は人が言葉を持つ以前の欠損であるため、治療には時間も労力もかかるが、そこから脱したいという強い意志があれば可能である。

自分を知り、止まっている心の時計を動かし、何かに頼らないで自分で安心と安全・心地良さを作り出せる人間に、大人になることである。

今回の事件で彼女の人生が全てNGで、終わったわけではない。

むしろ、これからどう生きるかが大事。

酒井法子さんに、犯した罪は罪として反省し償い、今後の自分の人生をしっかり歩んで欲しい。

子どもさんのためにも、ご自身のためにも。


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法 のページ

不登校・ひきこもりに悩む方々へ のページ

非行・家庭内暴力に悩む方々へ のページ
[PR]
by lacan_msl | 2009-08-10 23:39 | 分析家の独り言 | Comments(0)
<< 分析家の独り言 249 (8月... 新サイト『子どもの非行・家庭内... >>