分析家の独り言 260 (ひきこもりとドライアイ:その心の構造)
あるひきこもりのクライアントが語った。

小さい頃から悲しかったり、悔しかったり、辛かったりして泣いた。

しかし、誰も自分の話を聴いてくれなかった。

なぐさめたり、共感されることがなかった。

泣いても何も変わらない、何もならない。

そうして泣くことが嫌いになった。

さらに感情を出すことを抑え、言いたいことが言えくなっていった。

後にそれがドライアイという症状に至った。

日常的に常に目が乾くため、目薬が手放せない。

泣きたいときに泣かない=涙を出すことを止めた⇒ドライアイという症状

心が全て身体のに影響する。

初めに心在りき。

泣きたいときに泣いて感情を表出し、言いたいことを言えるようになればドライアイは治る。

クライアントの話しに耳を傾け、受け入れ、共感していけば、感情や言葉が表出できるようになる。

それを分析場面やクライアントの周りの人(特に母親)がしていくこと。

心が癒えれば、身体も癒され症状は消失し、言えるようにもなる。

しかし、分析がなければ自分が感情や涙を出さずにきたことなど気付きようもない。

否定されたり非難されることなくクライアントは自分の話を聴き続けられる安心感のなかで、心を開き語り出す。

精神分析がおしゃべり療法といわれる所以である。


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by lacan_msl | 2009-08-31 09:07 | 分析家の独り言 | Comments(0)
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