分析家の独り言 281 (2009年11月京都子育て相談室より:子ども時代を終わらせる)
昨日9日いつものように京都で子育て相談室を開いた。

遠くは兵庫県や大阪からの参加やお父さんの参加もあり、子どもの不登校、ひきこもり、非行、家庭内暴力、子育ての悩みなどで、一人ずつ現状を話しながら質問され答えていった。

日々子どもと接しオールOKする中での成功や失敗、子どもの変化、悩み、親の気付きなどがあった。

それぞれが抱える問題は違っていても、子どもへの対応法オールOKは同じで、質問や答えが質問した以外の人たちの参考にもなると思う。

いつも私が言うことがある。

「子どもが何を言っているのか、まずよく聴いてください」ということ。

勝手に先回りして心配したり不安になったリしないで、言ってないことまでしようとしたり、聴く側の勝手な思い込みもしないで、正確に言葉を聴き正確に反応すること。

たったこれだけのことが案外お母さん達にはできないことが多い。

心配性のお母さんは、子どもが言ってないこと・やってないことまで先回りして心配する。

そのもとには、母親自身の問題がある。

安心と安全の中で母自身が育ってきて、自己肯定感や自信をもっているか。

それが無ければ、マイナスの思考に流れやすく、その母の言動は日常のなかでも子どもに伝わり、子どももまた心配性であったり、人の話を思い込みで聞くことになるだろう。

また、子どもの要求に応えるのはいいが、言葉で「いいよ」「はい、わかった」と言っても、眉間にしわを寄せて、顔が「ダメ」と表現していたのでは子どもは気持ちよくやってもらったとは思えず、満足度も低い。

言葉ではOK、表情でNO、この相反する二つのメッセージを出されたら子どもは困惑するだろう。

さらに子どもの要求に応えるが、言葉で「めんどくさいな」とか「もっと早くいってよ」などと言われるのも同じである。

どうせ応えるなら、子どもが心地よくやってもらってありがとうと思えるようにして欲しい。

そうでないとせっかく応えたことによる子どもの心を育てる効果が半減する。

それはもったいない。

しかしこういう私も、どうせ子どもに応えるなら、文句も愚痴も嫌な顔もせずに気持ちよくやってやればいいのに、なんで一言要らないことを言ってしまうのかと悩んだときがあった。

そのときには、私はこんなことも親には言わなかったし、言えなかった、してももらえなかった、なのにあんた達(子ども達)はいいよね、言えば応えてもらえてもらえるんだから、と思っていた。

この時点でまだ、私の子ども時代が終わっていなかった。

この私の子ども達を羨望する言葉は、親に対する子どもの視線に立った言葉である。

ところが子どもを育てる私は、子どもに対する親の立場に立たなければいけなかった。

それには親から心理的に分離し、自律することが必要だった。

過去の親への愛と憎しみ、してもらったことと、してもらえなくて心残りなことに対する恨み辛み憎しみを整理し、そこから離れること、解き放たれること。

そうすると、子どもへの羨ましさはいつの間にかなくなり、要求に応えてもらって喜ぶ子どもの顔をみて、これでいいんだと一緒に喜べる私がいた。


ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法 のページ
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by lacan_msl | 2009-11-10 09:21 | 分析家の独り言 | Comments(0)
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